7年前に精巣癌を患い、それ以来、定期検査を受けております。10年は受けた方が良いとのことなので、あと3回ですな。今回も特に目立ったことはなく、また来年です。
はい、おしまい。というのも何ですので、続けます。
暗い話ではございますが、今年、大学時の山岳部仲間が白血病で亡くなりました。私の友人、同級生は、既に7人が様々な要因で亡くなっております。私は40代ですが、この年齢でこの人数が果たして多いのか、どうなのか。不謹慎ではありますが、連絡が取れない同級生を含めると、あと2、3人は亡くなっているのではなかろうか。なんてことも思います。
癌という、一般的に大病とされるものに罹りますと、罹っている本人よりも、大変なのは身内なのではないか、と感じます。本人は自分の状態がどうであるか、なんとなく分かるんじゃなかろうか。感覚として良くなっているのか、変わらないのか。
この感覚を言葉に表すことが難しい。大丈夫といって、何が大丈夫なのか、どこそこがどうで何なのか。医者先生は知見によって想像も出来るかもしれません。しかし患者の身内は、患者の心情も想像してしまうので、本人の言葉の裏を考えてしまう。本当に大丈夫なのか、何か無理していないか、等など。患者の身内は心配するより他がありませんから、これは辛いでしょう。
癌に限って言えば、早期発見が重要です。癌で亡くなった友人の全て、気付けば手遅れであったり、抗癌剤治療に至るまえに力尽きたりと、発見が遅れたことが主です。
私の場合は外見で判別可能でした。元々疲れると腫れる体質ではありましたが、これが長引く上に腫れる一方なので、素人目でも癌と分かりました。
ただ、ハーフマラソン大会を優先して病院に行くのを遅らせたのは失敗です。これは癌かもと思ったときに病院に行けば、外科手術のみで転移はなかったかも知れません。精巣癌は転移が早いとのことで、さっさと病院に行っておけば抗癌剤の必要はなかったのかも。
その抗癌剤ですが、吐き気のひどさを覚悟しいましたが、思ったほどではありませんでした。
抗癌剤の投入中に苦しかったのは、体内に薬が残らないようにするための利尿剤と、制吐剤による空腹、抗癌剤の副作用と思われる味覚の変化です。
利尿剤は拷問です。これについては如何に苦しかったかを載せております。
制吐剤に食欲を増進させる薬が入っていたのか、とにかくお腹は空きました。お腹が空くのですが、味覚が変わっていたために食べられる物は限られており、しかも濃い味を欲していたうえに、それが手に入らないということの苦しみ。拷問には排泄制限と食事制限が有効ですね。学びました。
こう見てみると、構図が下手ですね…
こう寿命が延びますと、いかに健康体を維持するかが肝心でしょうけれど、いかに綺麗に早く寿命を全う出来るかも肝心ではないでしょうか。我儘でしょうけれど。
どう生きようと、苦労の方が多いのが人生ではなかろうかとも思います。希望や夢がないわけではありません。その希望と夢のために、どれだけどうするかを問い続けるということの繰り返しに、果たしてその先に何が?と思うと、気苦労が絶えませんな。ヒトはなぜヒトなのか?猫はなぜ猫なのか?
ときに、実家の猫は外に出るということに味を占めまして、出せ出せとアピールをしてきます。室内猫のスコティッシュなので、おいそれと出すわけにもいきません。既に高齢猫ですが、老いてなお元気です。